湯島と池之端 of 本郷界隈

湯島天満宮

本殿02.JPG

湯島天満宮は通称湯島天神。旧称湯島神社。旧社格は府社で、現在は神社本庁の別表神社(神社本庁が包括している一部の神社)となっている。古来より江戸・東京における代表的な天満宮であり、学問の神様として知られる菅原道真公を祀っているため受験シーズンには多数の受験生が合格祈願に訪れる。

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湯島天神02.JPG境内の梅の花も有名で、この地の梅を歌った「湯島の白梅」(1942年)は戦中時の歌として大ヒットした。新春に開催される「梅まつり」には多くの人々が訪れる。
湯島天神03.JPG普段からも学問成就や修学旅行の学生らで非常な賑わいを見せている。沢山の絵馬が奉納される。

男坂001.JPG

天神男坂(石坂)

湯島天満宮の境内から東へ下る、38段の急な石段坂。

女坂001.JPG

天神女坂

急な男坂に対し女坂は階段の途中に足休みもあり、緩やかなので女坂と呼ばれている。

宝物殿.JPG宝物殿

この宝物殿には本社神輿や、町内神輿をはじめ湯島天神所蔵の天神画像等の宝物類を展示している。

本殿01.JPG祭事

湯島天神では「初詣」「梅まつり」「菊まつり」「天神まつり」など多くの祭事がある。また結婚式も挙げる事が出来る。

泉鏡花筆塚.JPG泉鏡花の筆塚

泉鏡花の「婦系図」の舞台として演劇に映画に歌謡曲に「湯島の白梅」の名を高めた。

瓦斯灯001.jpg瓦斯灯

ガス灯は文明開化のシンボルで、明治の時代を象徴するものであった。湯島天神内のガス灯は屋外のものとしては都内唯一のもの。

切通坂001.jpg切通し坂

湯島の台地を切り開いて出来た坂なので切通坂と言われる。はじめは急な石ころの道だったが明治37年に上野広小路〜本郷三丁目間に電車が開通して緩やかになった。

湯島天神夫婦坂001.JPG夫婦坂

湯島天満宮の境内から切通坂に下る階段を夫婦坂と言う。

講談高座碑.JPG講談高座発祥の碑

講談の「高座」発祥の地とされる湯島天神内には講談師で人間国宝の一龍齋貞水さんによりその由来を示す記念碑が建立された。

旧岩崎家住宅•庭園

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通称岩崎邸と言う。天正18年徳川家康の江戸入りのとき榊原康政が奥州街道の備えとしてこの地に屋敷を構えた。維新後、榊原家はこの藩邸を牧野旧舞鶴城主に譲った。三菱財閥の初代岩崎弥太郎は明治15年牧野子爵からこの地を買い取った。現在都立庭園として一般公開中。.

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岩崎邸01.JPG入庭すると直ぐに大きな洋館の正面玄関が迎えてくれる。
p147-04.gif旧岩崎邸は1896年(明治29年)に三菱創設者・岩崎家本邸として建築。ジョサイア・コンドル(イギリス)によって設計され現存するのは洋館・撞球室・和館の3棟。木造2階建・地下室付きの洋館はヨーロッパ式邸宅で近代日本住宅を代表する西洋木造建築。館内の随所に見事なジャコビアン様式の装飾が施されていて同時期に多く建てられた西洋建築にはない繊細なデザインが、往事のままの雰囲気を漂わせている。

岩崎邸017.JPG煉瓦塀

屋敷を取り囲む袖塀と煉瓦塀が重要文化財として登録。特に煉瓦塀hが歴史を物語る。

岩崎邸09.JPG撞球室

木造ゴシック様式のビリヤード室。校倉造の外観はスイスの山小屋風。洋館と同じくジョサイア・コンドルの設計である。洋館の地下室とは地下通路で結ばれている。内壁には明治期の金唐革紙がはられている。

岩崎邸06.JPG和館

洋洋館と同時期に竣工した、書院造を基調とした和風建築。明治期の大邸宅では洋館と和館を並べ建て、和館を日常生活空間、洋館を公的な接客空間として使い分けることが多かった。岩崎邸においても、迎賓館としての洋館に対し生活の場としては和館が使用された。洋館と和館は船底天井の渡り廊下で結ばれている。

岩崎邸04.JPG岩崎邸内部

岩崎邸では邸内も見学する事が出来る。ボランティアによる邸内ツアーもお薦め。

岩崎邸014.JPG三階菱

岩崎家の家紋「三階菱」が刻まれた袖塀。

p145-04.gifベランダとバルコニーの円柱。

1階のベランダはトスカナ式、2階のバルコニーはイオニア式の円柱でデザインされ。ここから広い庭が一望できる。

岩崎邸02.JPG広大な芝庭

本邸建築に際して池を埋め立てて広大な芝庭とし、庭石・灯篭・築山などを配した和洋併置式の庭園として改修された。現在の庭園は国有化以降の用地転用・売却により大幅に削り取られているが今も残る雪見灯篭や亭跡の石敷が往時の姿を偲ばせている。

不忍池

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上野恩賜公園(東京都台東区)の中に位置する天然の池。上野恩賜公園の南端に位置し周囲は約2km、全体で約110万m2。北で上野動物園西園、東で京成上野駅、南と西で不忍通りに接している。中央に弁才天を祀る弁天島(中之島)を配し、遊歩のための堤で3つの部分に分かれている。一面が蓮で覆われる蓮池、ボートを漕いで楽しむことのできるボート池、上野動物園の中に位置しカワウが繁殖している鵜の池の3つである。また多くの塚や碑が有る事でも有名。

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不忍池05.JPG1625年、江戸幕府によって西の比叡山延暦寺に対応させこの地に寛永寺が建立された。開祖である慈眼大師・天海は不忍池を琵琶湖に見立て竹生島になぞらえて弁天島(中之島)を築かせ弁天堂を作った。当初は文字通り船で渡る島であったが1672年に東に向かって石橋が架けられ、徒歩で渡れるようになった。池の四方からお参りできるように八角形のお堂。
不忍池08.JPG

音楽堂001.jpg水上音楽堂

不忍池畔にある水上音楽堂では多くのコンサートや郷土芸能等の公演が開催されます。開放的なステージは魅力的。イベントにより入場無料のものもあり。

下町風俗資料館01.JPG下町風俗資料館

大正時代の東京・下町の街並みを再現しています。通りに面した大店。当時の商家の典型的な建物には作業場と帳場があります。狭い路地に囲まれた裏店の長屋では、薄壁一枚に仕切られた隣同士、井戸も共同で使いました。中は小さな一間ですが、さまざまな調度品や生活道具がありすべて実際に使われていたものです。下町の風情と暮らしを体感できます。

ボート001.jpgボート池

不忍池は蓮池、鵜の池、ボート池の3つから構成されていますが、唯一、直接的に池を楽しめるのがボート池です。通常の手こぎボートはもちろん、スワンボートもあり家族での利用にもお薦め。また水質浄化装置が採用されているので思ったより水はきれいです。

骨董市001.jpg骨董市

骨董市は不忍池畔で年に数回行われています。多い時には数十のテント張りの各骨董店を覗くだけでも楽しく、いろいろな骨董品(カメラ、楽器、書画、各種道具)を楽しめます。値段の交渉も楽しみのひとつ。

不忍池桜道001.jpgさくらの道

ボート池と蓮池を区切る形のこの道は、多くの桜が植えられ開花の時期はさながら池の中を桜の道が1本通る様でまるで別世界。蓮池、ボート池の2面に対してしてベンチもありゆっくり桜を楽しみたい。

蓮見茶屋001.jpg蓮見茶屋

昔から不忍池の蓮は有名で、夏の風物詩として蓮を見る事が出来る、何軒もの茶屋がありました。2005年に上野観光連盟が当時の茶屋を再現したのが「蓮見茶屋」です。当初、蓮の季節限定で営業していましたが現在は通年営業になっています。落語、邦楽等の伝統芸能や演芸のイベントも有ります。

スッポン塚.JPGスッポン感謝の碑
ふぐ塚.JPGふぐ供養塔
暦塚.JPG暦塚
包丁塚.JPG包丁塚
いと塚.JPGいと塚
扇塚02.JPG扇塚
芭蕉翁.JPG芭蕉翁の碑
鳥塚.JPG鳥塚
不忍池碑.jpg不忍池碑
めがねの碑.jpgめがねの碑
利行碑.jpg利行碑
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